龍姫湖伝説 炭焼きと女房  文・絵 いくまさ鉄平 (まち物語制作委員会)
 1

温井ダムの湖の底に沈んだ「江の渕」に伝わる民話をもとに創作した紙芝居です。

たたら製鉄や炭焼きが盛んだった江戸時代のお話です。

 2

「もし、あなた様は温井の山で炭を焼いておられますか」

「(振り向きざまに)あ・・・ああ、しとるで、あんたは?」

「私、紀州の国から参りましたお千代と申します」

「紀州・・・紀州から、来たのか?一人できたのか」

「はい」

「よう、ここまで無事にこれたのう。お前のようなベッピン、ようも山賊に襲われんかったよ」

 3

「はい、どうにか無事に」

「そのお千代さんがワシになんの用じゃ」

「私、こちらにおいていただけないでしょうか」

「置くって?」

「嫁にしていただきたいのです」

 4

「よっ嫁に?」

「はい、貴方様の妻にしていただきたくまいりました」

「な、なにをいう?いきなり」

「申し訳ありません。
私の家に先祖代々伝わる絵巻ものによると
私の運命は温井の炭焼きに嫁ぐと決められております」

「いやいや、それは無理じゃ。
お前のような美しい女をめとる資格のある男ではない。
見てのとおり、しがない炭焼き、
自分の飯さえ食えんのに、お前を養うだけの力はないんじゃ」

「ぞんじております。そのため持参金として、これをお持ちしました」

 5

差し出された袋の中には、
たたら場でゴミとして出されるカナクソがはいっておりました。

「こりゃ鍛冶屋が仕事のカスとして出すゴミでねえか。
こんなもんな〜んの価値もねえ。すてろ!」

「おまちください。
そのカナクソを貴方様の炭焼き窯で今一度、燃し、最後に呪文を唱えてみてください」

「呪文?」

 6

「タッタラバ〜タッタラバ〜タタラバタタラバ♪」

「タッタ、タッタ、タッタ?なんじゃそりゃ」

※TATA LOVER SONG♪
「タッタラバ〜タッタラバ〜タタラバタタラバ♪」

ファンファンファファン

 7

「なんなんじゃこりゃ、カッ・・・カナクソ・・・こっ小判にかわったでねえか」

「こりゃえらいこっちゃ。お千代、お千代」

「はい」

「この呪文は、全部のカナクソに利くんか?」

 8

「いいえ。満月の夜にたたら場の炉が割れ、その時に、月の光に照らされたものだけです。
これだけのカナクソを取り出すのに長い年月がかかっております」

「ほうじゃろうのう。捨てられたカナクソ、すべてが小判になったら、とんでもない大金持ちじゃ。
じゃが、これだけあれば夫婦(みょうと)になったとしても十分やっていける」

「そうでございます。ゆえに私をこちらにおいてください」

 9

「なんだか、もうしわけないのう。ありがたい、ありがたい話じゃ」

「それでは、こちらにいることを許していただけるのですね」

「ああ、エエよ。よろしく頼む」

「働き者のあなた様が少しでも楽になれば、このカナクソも幸せです。
ただ、このことは誰にもいってはなりませんよ。
私たち夫婦の秘密ですよ」

「わかった。わかった。誰にも言わん。安心せえ」

 10

二人はカナクソが姿を変えた小判を、少しづつ持ち出しては馬をかったり、家を直したりしました。

生活は少しずつ良くなったのですが、村の人は不思議でたまりません。

「おい、甚六の奴、最近、随分羽振りがエエが、何があたんじゃろうか?」

「不思議なことよのう」

「そもそも、あのベッピンの嫁さんは、どこから来たんじゃ」

「そうじゃそうじゃ、あの嫁さんになんかあるんじゃないかと思うんじゃ」

「なんかって・・・」

 11

「羽振りがようなったのはカミさんが来てからじゃ。
こないだなんか馬だけでなく牛まで買うたし。」

「ホンマか?牛もか?そりゃ凄い。なんでじゃ?」

「カカアらの井戸端で噂によると、ありゃ人間じゃないかもしれんとか・・・」

「人間じゃないって、どういうことじゃ」

「カカアいわく、たたら場で鉄を引き出すときの事じゃった。」

 12

「お千代さんが、初めて仕事を手伝ったときのこと。
熱く焼けたカナクソを、素手で持ちあげたんじゃ。

びっくりして、何しとるん!と叫んだらパッと投げ出したけど、
手には何の跡も残っとらんかったそうじゃ。

ほれで嫁さんが大丈夫って手をとったとき、
びっくりするほどつめたかったんじゃと・・・おかしい思わんか?」

「そういえばのお、ワシお千代さんが真夜中に一人でうろついとるのを見たで」

「一人でか?」

「どしたんじゃ、何の話じゃ」

 13

「おお、甚六(びっくりした声で)甚六じゃなあか、どっどうした?」

「お千代が、どしたいうて?なにが冷たいんなら」

「いや、あっ・・・その・・・」

「つまらん噂、しよったら承知せんどお〜」

「すっ、すまん、なんでもなあんじゃ」

「そうじゃ、仕事にもどらんと」

「ほうじゃ、ほうじゃ仕事じゃ」

 14

噂好きの村人たちを蹴散らした甚六ですが、
実のところ“お千代の体の冷たさ”に加え、
朝方、お千代の草履が濡れていることは前々から気になっていたのです。

「そうか、お千代の草履が濡れているのは夜な夜な出歩いているからかあ・・・。
これはつきとめなくては・・・」

 15

いつもは酔いにまかせ、暗くなるとすぐに寝てしまう甚六ですが、
その日は寝たふりをし、夜が更けるのをまちます。

そして片づけものを終え、一息つくのかと思いきや、
お千代はこっそりと裏口から外へ出ていきます。

その姿を確認したのち、甚六は床から抜け出します。

 16

その日は月夜・・・ 甚六は木陰に隠れながら、静かに息をひそめ、慎重に後を追いました。

すると温井の渕に来た時です。

 16

なんとお千代は着物を脱ぎ始めました。

月夜に照らし出されるお千代の後ろ姿、そこにはキラキラとウロコが輝いていたたのです。

驚いた甚六は、思わず 「ぎゃ!」と叫び声をあげてしまいました。

「誰です」

「お・・・お千代、おっおまえ、その背中どうした」

「甚六様、見てしまいましたね」

 17

「なんでウロコが・・・」

「見られたからには、もうあなた様と一緒には暮らすことができません」

「暮らせないって・・・お、お前、村人が噂するように人間ではないのか?」

「そうです。私は・・私は・・」

「いい、何も言わなくてもいい。ワシはお前が何であろうと許す。
これからも一緒に暮らしてくれ。一緒に暮らせないなどと言わないでくれ」

「申し訳ありません」

 18

「頼む、行くな!行くんじゃない!」

「申し訳ありません」と言い残し、お千代の姿は遠ざかっていきます。
甚六は後を追おうとするのですが、金縛りにあったようで体が全く動きません。

「せっ、せめてどこに行くのか、それだけでも教えてくれ」

「この渕は私には狭過ぎます。出雲のヤガタガ池に参ります」と言い残し、
温井の渕に飛び込み姿を消したのです。

「行くな〜〜」 「行くな〜」

 19

「おいおい聞いたか、お千代さんのこと」

「お千代さんがどしたんじゃ」

「最近見んじゃろ」

「そういえば、そうじゃのう」

「あんの、お千代さん・・・・実は龍じゃったらしんじゃ」

「龍って、そんなバカな」

「ワシもそんなバカなと思ったんじゃけど、甚六がそう言うんじゃ」

「亭主の甚六がか?」

「ほうじゃ、なんでも、温井の渕に飛び込み姿を消したそうな」

 20

「ほれで、お千代さんの体は氷のように冷たかったんか?」

「ほうじゃ、
大蛇いうのは陸に上がるとき体が熱くとけた鉄のようにもえあがるそうじゃ。
それで、お千代さんは夜な夜な、その熱をさますために、
毎晩水浴びに温井の渕に通っていたとのことじゃ」

「なるほどのう」

「それで甚六の奴、最近、抜け殻のようになっとるんじゃの」

「ほうじゃ、まさに蛇の抜け殻じゃ」

 21

その後、温井の渕は、温井ダムが完成したのち、広い湖になりました。

朝に沸き立つオロチ雲やダムの放水を見ていると、
お千代が小判よりも大切なものを抱えて、戻ってきている気がします。

あれ?何か聞こえてきましたよ。

「うじゃ、まさに蛇の抜け殻じゃ」

「じゃ、じゃ、じゃ・・」

※TATA LOVER SONG♪






龍姫湖伝説 炭焼きと女房 【喜劇版】  文・絵 いくまさ鉄平 (まち物語制作委員会)
 1

「おお、ここじゃここじゃ」

 2

「ぎゃ!(悲鳴に近い声で)」
「何をそがあに驚いとる」
「ぎゃ!(悲鳴に近い声で)、しゃべった!」
「しゃべった言ううて、なんなら失礼なやつじゃ」
「ぎゃ!(悲鳴に近い声で)、なんじゃあっ、あんたは・・・あんたなんなら?」
「返す返すも失礼な奴じゃのう。

 3

ほうじゃ、見てのとおりの龍じゃ」
「龍って、あの龍か?」
「龍にあれもこれもなあ。龍は龍じゃ」
「いやあ、たまげたのう」
「なんじゃ、あんたは龍をみたことなあんか?」
「ないない、そんなもん、神社の絵馬なら見たことあるが、ホンマモンは初めてじゃ」
「この辺にはおらんおか?」
「おらんおらん、この辺にはおりゃせん」
「ほおかワシがすんどる紀州は龍だらけじゃ。
おお、そういやあまだ名前、まだじゃったのう。
ワシはオロチ、人間界ではお千代(チヨ)といわれとる」
 4

「オロチ(びっくりして叫ぶように)」
「なんとも騒がしい男じゃのう、そがあなことじゃ、ワシの亭主は務まらんで」
「てっ亭主って?(さらにびっくりして、声が裏返る)」
「そうじゃ、お前はワシの亭主になるんじゃ」 「なっなんでじゃ?」

 5

「昔からの言い伝えじゃ。ワシの家に代々伝わる書物によるとな、ワシが一生よいそうべき男は戸河内村太田川上流の山奥のたたら場に火おこしで炭焼きをする男と決められとるんじゃ。じゃけえ頼む」

「頼むといわれても・・・お前、龍じゃろ。ワシは人間で」
「人間と龍が一緒になることはゆるされまあ」
「なんでじゃ?頭の固い男じゃのう。これからの世の中、臨機応変にいかんといけでぇ。これからの世の中はジェンダーが普通じゃ、フレキシブに対応せんと」

 6

「じぇ、じぇたー、ふっつれしぶき?」
「ジェンダーにフレキシブじゃ、フレキシブ。まあ、そがあなことはエエけえ。結婚じゃ、結婚式じゃ」
「馬鹿なことをいうな!なんでいきなり来た竜とワシが結婚せんといけんのなら」
「これはきまり、宿命なんじゃ。3千年前に決められたこと、お前の運命なんじゃ」
「ばかいううな。ワシは認めんぞ、絶対に認めん」

 7

「ああ分かった。金じゃろ、金さえ積めば認めるんじゃろ。わかったわかった、ちょっとまっとれ、ほらこれじゃ」
「これって・・・ぷっ(吹き出す)わはははは、なんじゃこりゃ、カナクソじゃなあか。
こがあなもんなら裏に行ってみい、山ほどあるわ。
こんなもんな〜んの価値もねえ。いるか!」
「まてまて、そのカナクソを今一度、燃し、最後に呪文を唱えてみてみい」

 8

「呪文?」
「タッタラバ〜タッタラバ〜タタラバタタラバ♪」
「タッタ、タッタ、タッタ?なんじゃそりゃ」
「タッタラバ〜タッタラバ〜タタラバタタラバ♪まあええけえ、カナクソ、今一度、火にくべてみい」
「なんようわからんが、散々な一日じゃのう」

 9

ぶつぶつ文句を言いながらも甚六はカナクソをもう一度、炭焼きの炉にくべ火をつけます。
「もうえかろう。取り出してみい」
「わかったよ。ほら、これでどうじゃ」
「タッタラバ〜タッタラバ〜タタラバタタラバ♪タッタラバ〜タッタラバ〜タタラバタタラバ♪」

 10

するとどうしたことでしょう真っ赤に燃えたカナクソが黄金色に輝きはじめ、
しだいに小判に姿を変えていくではありませんか。
「タッタラバ〜タッタラバ〜タタラバタタラバ♪タッタラバ〜タッタラバ〜タタラバタタラバ♪」
「なんなんじゃこりゃ、カッ・・・カナクソ・・・こっ小判にかわったでねえか」
「こりゃえらいこっちゃ」
「どうじゃ、すごかろう」
「この呪文はカナクソすべてに利くんか?」
「まあの」

 11

「ほしたらワシは大金持ちでねえか」
「ほうじゃ、あの裏山に積まれたカナクソがすべて小判になるんじゃ。ワシらのもんじゃ。持参金としたら申し分あるまあ」
「そりゃすごいのう」
「やっとワシの良さがわかったか、ほんなら結婚、結婚式じゃ」
「まっまて、そうは言うても龍と結婚するのものう」
「めんどくさい奴じゃのう。わかったわかった、ほんならこれでどうじゃ。ラバラバ,ラ〜バ〜、タッタラ〜バ〜」

 12

呪文を唱えたかと思うとどうでしょう。
その龍はなんとも可愛い女の子に姿を変えたのです。
「どうじゃ!えかろう」 「わっ・・・わるくないが・・・」
「がって・・なにかまだふまんがあるのか?」
「角(つの)がでてる。・・・・それに尻尾もみえるし・・・」
「しっぽはなんとかするけど、角はかんべんせえ。女房に角はつきもんじゃ」

 13

二人はほどなく結婚式を挙げ、一緒に暮らすようになります。
そしてカナクソが姿を変えた小判を使い、ハネムーンはお伊勢参り、馬を買い、家を建て直し、それはそれは贅沢三昧な暮らし。
たたら場の炭焼きの仕事もほうりだし、朝寝朝酒朝湯の毎日です。
勤勉実直が売りだった甚六はそれまでの生活とは真反対の生活を始めます。
そんな甚六の変わりようは村人の噂の種です。

 14

「おい甚六の奴、どしたんなら、あの変わりよう。何かあったんかいのう」
「しらんで」
「そもそも、あのべっぴんの嫁さんはなんなら、どこから来たんじゃ」
「おお、そうじゃそうじゃ、甚六には絶対に合わんよのう」

 15

「馬だけでなく牛まで買うたんじゃろ」
「ホンマか?馬だけでなく、牛もか?そりゃ凄い。なんであいつだけがあがあに羽振りがええんじゃ?」
「しらんよお」
「あの嫁さんになんかあるんじゃないか?」
「なんかって・・・」
「うちのカカアがいうにはの、ありゃ人間じゃなあんじゃないかいううんじゃ」
「人間じゃなあてどういうことじゃ」
「カカアがあまりにもベッピンすぎてシャクに障るけえいうて、あるとき意地悪したんじゃと。そしたらお千代さんがいきなり振り向いて牙をむいたんじゃ」

 16

ぐわ〜! 「牙をむくって・・・」
「まるで龍のようじゃらしいで、あの気の強いかかあが恐れて恐れて家からでんようになったんじゃ」
「ほんまかあ」
「ほうじゃ、それにのそん時、手をつかまれたらじゃが、その手の冷たいことってなかったそうな。
ありゃ、人間じゃなあで」
「そういえばのお、ワシお千代さんが真夜中に一人でうろついとるのを見たことがあるんじゃ」

 17

「真夜中に?一人でか?」
「おお確か一人じゃった・・・」
「それがの温井の渕なんじゃ」
「あの渕にか?あそこは昼間でも人が近づかんところじゃ、なんでそがあなところに」
「しらんよ。でもの・・・・いや言うまい」 「そこまで言うとってどしたんじゃ、最後までいええや、気になろうが」
「うっ・・・う〜ん、わ・・・わかった。それがの」
「うん、どした?」

 18

「突如、着物を脱ぎ始めたんじゃ」
「うん、(ごっくん)そっそれで」
「その日は月夜での、はっきりとその姿、照らし出されたんじゃ」
「うん、(ごっくん)うん、そっ・・・それで」
「月明かりに照らし出された、お千代さんの背中にキラキラと輝くタトゥーなウロコがあったんじゃ」
「たっタトゥーなウロコ、・・・輝くウロコって」

 19

「どしたんじゃ、何の話じゃウロコがどしたんじゃ!」
「おお、甚六(びっくりした声で)、お千代さんも!ぎゃー」
「お千代が、どしたいううて?ウロコがなんなら?」
「いや、あっ・・・その・・・なんでもなあ。すっすまん、用事を思い出した。行くわ」
「にっ・・逃げろ!」
「つまらん噂、しよったら承知せんどお」

 20

NA:その場はなんとか噂をかき消した甚六ですが、
ほどなくして村中の人がお千代が龍であると信じ込み、
恐れるようになったのです。
「甚六よう、もうここには住めんで」 「安芸太田は狭い、加計や温井はもっと狭い。
今の噂、一気に広がる。ワシにはここの温井の渕は狭すぎるんじゃ」
「狭いってどうするんじゃ?これから出雲のひの川上にあるヤガタガ池に行く」
「ほんな、勝手な!わしはワシはどうすればええんじゃ」
「ついてくるのはかまわぬが、ワシはオロチ、出雲に行けば人間の姿でいることはできん。それでも良いのならついてこい」

 21

そう言い残して温井の渕に飛び込むのでございます。
恐る恐るのぞき込む甚六、その先には一匹の大蛇が銀色のウロコを輝かせながら渕の中へ潜っていく姿でした。
「わしは、これからどうしたらええんじゃ!どうやって生きていけばええんじゃ」
骨抜きになってしまった甚六のその後は解りませんが、
お千代は今頃、広くて美しくなった龍姫湖に戻ってきているかもしれません。
そ〜っと覗いてみませんか??
出雲の国に伝わる八俣のオロチの御先祖が温井ダムの底にあった江の渕に立ち寄った時のお話でした。