以下、温井ダム周辺で実施したトライアルフィールドワークです。加計高校と温井ダム管理所の協力のもと、太田川広域圏の子供(団体)に向けて、日帰りプログラムを造成します。









2019年8月21日(水) 実施済

参加者 保護者
加計高ボランティア 生徒  5名
教諭  2名
田河先生 ペープサート&ガイド
参加親子 6名 佐々木さん

2名 山田さん
温井ダム管理所 2名
西山さん バックヤードガイド
風炎窯 2名

ホットドック
地域商社 1名 梅本さん
あきおおたWEB広報

10:00〜
  川・森・文化・交流センター(高校生によるペープサート)
  〜歴史民俗資料館・水の文化館(高校生によるガイド練習)


11:30〜
  鬼後でカナメちゃんを探そう(高校生によるルール作り)

13:00〜
  温井ダムのしわい階段を登ろう(掃除)
  〜温井ダムを探検しよう(愛の呪文スポット探し、写真撮影)

15:00〜
  龍姫神社にカナメちゃんを奉納しよう(記念写真)

主催:奥安芸の鉄物語たたらの楽校実行委員会

制作物:
ガイドツール「砂鉄」「加計隅屋鉄山絵巻」「安芸十り」「帝国製鉄」
ホットドックのパッケージイラスト



【愛の呪文アーチリングの聖地化】

【事業主体】
・加計高校 温井ダム管理所
・奥安芸の鉄物語たたらの楽校実行委員会(サポート)
・地域商社あきおおた(広報)

【こども体験プログラムの実施】
・高校生ボランティア 人形劇 体験アシスト(年数回)
・実行委員会 プログラム実施(日帰り、団体)

【川・森・文化・交流センターの活用】
・加計隅屋鉄山絵巻レプリカ「たたら製鉄ガイド」
・歴史民俗資料館「安芸十りゲーム」
水の文化館「ビジタースペース」の設置

【温井ダム管理所との連携】
・おにご河原「カナメちゃん探し」
・温井ダムガイド(しわい階段、キャットウォーク)
温井ダム湖畔「愛の呪文アーチリング」(聖地化)
 野外紙芝居 絵本配布 加計高校紹介 マジカルポイント
 ガイド(日本書紀、芸藩通志、民話、鉄の道)


【阿武町との交流】
・蒸気まんじゅう 鉄山絵巻 砂鉄ルート
・萩高校奈古分校 道の駅(聖地)

【指定管理者】
・龍姫神社(聖地化) BBQ

【事業者】
・SNS活用 カップル企画 飲食店 ホテル 
・のし活用(高校生イラスト) 製菓店
・体験プログラム(川・森・文化・交流センター内)
 陶芸体験 調理体験(ホットドック)

・ハーバリウム 蒸気まんじゅう(加計高)






鬼後の河原 〜 カナメちゃん探し 〜 温井ダムしわい階段 〜 龍姫神社




  

  

  

  

  



  

  

  

  

  



  

  

  

  

  

  

  



  

  

  




持参物(林) ラミネート(パワポ)、キャップ、絵葉書カード(十り用)、鉛筆、絵本

TATARA鍋(45本)かまどん(45本)パン(45本)
パッケージ、のし、ナプキン、袋、配膳テーブル、クロス
まな板、ナイフ、トング、手袋、集金缶
22人分

紙芝居(呪文設定、集合写真用)、のぼり2本、デジカメ、カナクソ

エイドキット、氷、水タンク、ほうき、ちりとり





以下、資料です。実際は、生徒なりに解り易く工夫して、ガイドしました。



あいさつ(先生) 加計高校のPR・・・
これから、奥安芸の鉄物語たたらの楽校実行委員会が整えた資料と文章を使って高校生がプレゼンします。時々、高校生が感想を述べますので、宜しくお付き合いください。


P1説明
(生徒・加藤)
【1Fロビー】
これから「鉄の歴史」のはなしをします。ここ、川・森・文化・交流センターは、温井ダム建設当時は作業員の宿舎で、のちにホールに改装され、今では加計高校の寮としても使われています。この写真は、それ以前に、ここにあった「帝国製鉄加計工場」で、大正7年から昭和33年まで操業していました(当初は不調、昭和13年に復活)。主な原料は「カナクソ」で、燃料は「木炭」でした。古くから、西中国山地一帯は「たたら製鉄」が盛んで、当時の技術では鉄にならなかったカナクソが、山に大量に捨てられていました。

※感想です。・・・・


P2説明
(生徒・岩田)
【1Fロビー】
この写真は加計ですが、昭和初期のものでしょうか。加計商店街があるところには大きな蔵が並び、丁川には川舟が停泊していて、鉄・炭・紙・木材などの物資を広島に向けて運んでいました。帰りは海の産物などを積んで、綱を引きながら戻り、月ヶ瀬の脇で「市」が開かれていました。加計は山と海の産物、人と人の交流が盛んな町でした。

※感想です。・・・・


P3説明
(生徒・岩田)
【1Fロビー】
この絵は江戸時代の終わり頃、広島藩の絵師「岡岷山」が描いたものです。この場所は、安野の「花の駅公園」の近くの「船場」です。太田川のなかでも、急流であり、岩の多い場所でした。絵師の日記によると、船頭の櫂さばきは命がけであり、あまりに怖くて、大きく揺れるので気分が悪くなったとか。

※感想です。・・・・


P4説明
(生徒・岩田)
【1Fロビー】
太田川下流の可部や広島では、鉄を使ったモノツクリが盛んになりました。広島には「安芸十り」という言葉があり、語尾に「り」のつく道具がたくさん作られていました。イカリ、クサリ、ノコギリ、マサカリ、ハリ、オモリ、ヤスリなど。それが今の鋳物、針、自動車、造船など、広島の産業に繋がっています。

※感想です。・・・・


P4説明
(生徒・岩田)
【1Fロビー】
ではこれから「安芸十り探しゲーム」を始めます。ここの二階の歴史民俗資料館に、いくつの「り」が隠されているのか、皆で探して数えましょう。

ではヒントです。ここの正面には「川舟」があって「イカリ」があります。皆さんに「カナメちゃんカード」を配るので、見つけたものを各自で記入してください。

さあ、2Fの歴史民俗資料館へレッツゴー!





P5説明
(生徒・森)
【2F廊下】
では、集合してください。安芸十りは見つかりましたか??
見つけた人は教えてください!
・・・


P5説明
(生徒・森)
【2F廊下】
これから昔の砂鉄の作り方を説明します。中国山地のマサ土には2〜3%の砂鉄が含まれています。山を削った土砂を谷川に流すと、土と鉄の重さ(比重)の違いで砂鉄が底に溜まるので、それを選んで集めます。一方では、大量の土砂が下流に流れるため、川の水が汚れたり、田んぼや川底に土砂が溜まったりしました。そのため冬の期間だけの仕事でした。この作業を「かんな流し」といい、場所によっては「棚田」や「デルタ」が形成されました。

※感想です。・・・・


P6・7説明
(生徒・森)
【2F廊下】

「かんな流し」は、中世まで太田川流域でも盛んで、下流の広島にデルタを堆積させました。のち、江戸時代の始めに「広島城」を築城するにあたり、土砂で堀が埋まるとの理由で全面禁止されました。以後、砂鉄は山陰から馬を使って運び、西中国山地の木炭を使った「たたら製鉄」が、山の中で続けられました。製品は加計に集められ、川舟で下り、瀬戸内海を渡り、大坂から全国に供給されていました。

※感想です。・・・・


P8説明
(生徒・栗栖)
【2F廊下】
これは加計隅屋鉄山絵巻です。江戸時代の終わり頃、たたら製鉄が一番盛んな頃に描かれた貴重な資料です。これは工場内の風景ですが、高温と煙のために柱が黒く煤けています。マサ土の粘土を固めて、四角に作った「炉」が中央にあります。長い時間、炭を燃やし続けたので高温の炎が上がっており、上から交互に、砂鉄と木炭を投げ入れているところです。炉の両側にあるのは「天秤フイゴ」という人力の送風機で、下の竹パイプを通って炉の底に風を送っています。やがて、炉の中で鉄が成長し、一部が炉の下から流れ出ます。炉の中の鉄が大きくなってくると、最後には炉を叩き壊して野外に出します。

天秤フイゴには防熱のための土壁があり、これを踏む人を番子といい、「カワリバンコ」という言葉はここから生まれました。

※感想です。・・・・


P9説明
(生徒・栗栖)
【2F廊下】
これは工場外の風景です。炉の中で大きくなった鉄のカタマリを外に引き出しているところです。大人数でクサリで引っ張りながら、手前の池に落とそうとしています。池の水が燃えているように見えますが、鉄は1000℃以上の熱なので、すぐにぐらぐらと沸騰します。飛び散った鉄を拾う子供や女性の姿も見えます。工場の屋根には、排煙装置、防火用水、ハシゴがあります。

※感想です。・・・・


P10説明
(生徒・栗栖)
【2F廊下】
たたら製鉄は、砂鉄やマサ土や木炭にムラがあり、操業時の風向きや湿度や温度も同じではなく、製品が均一になりません。出荷の前に、鉄をふたたび加熱し、叩く、延ばす、重ねるを繰り返しながら整える作業を「大鍛冶」といい、製品の量も半分以下に減ります。江戸の終わり頃、加計隅屋鉄山絵巻を描いた「佐々木古仙斎」は、この大鍛冶の労働者の家に生まれ、画家として一生を終えました。他には、神社の絵馬や掛軸が残されています。

たたら製鉄は、四昼夜も休むことなく操業され、1回で一夜(ひとよ)と言います。一夜のために、山から約70トンもの土砂を掘って、流して、砂鉄を選別し、約1.2ヘクタールの森林を伐採し木炭にしました(マツダスタジアムと同じ広さ)。電気もトラックもブルドーザーもない時代のことです。

※感想です。・・・・


P11説明
(生徒・今切)
【2F廊下】
明治時代になると、外国から安い鉄が大量に輸入され、国内でも石炭と鉄鉱石で作った鉄の生産が増えてゆきました。古くからの「たたら製鉄」は、あまりに非効率なために急激に無くなっていったのです。

この絵は「角炉」といわれるもので、芸北の大暮や、川・森・文化・交流センターにあった「帝国製鉄」の原型です。たたら製鉄をベースにしながらも西洋の技術が導入され、耐火煉瓦で作った炉や煙突は、毎回のように壊すことなく使い続けて、フイゴの動力は水車や電気に変わりました。重要なところは、燃料が「木炭」であり続けたということ。石炭やコークスでは強い鉄ができなかったのです。

※感想です。・・・・


  


ペープサートの説明
(生徒代表)
【1F和室】
それでは人形劇を始めます。鉄に由来する温井の民話を、私たち加計高校生で楽しい人形劇に作り変えました。絵は加計小学校の児童がイメージした図画をもとに、紙芝居作家の「いくまさ鉄平」さんが仕上げてくださったものです。許可を得て活用しています。


ペープサートの上演
(生徒5名)
【1F和室】
・・・・ シナリオ 


P11説明
(生徒2)
【1F今切】

カナクソを見せる
これから鬼後に行きます。山から落ちたカナクソが、河原で転げて丸くなった「カナメちゃん」を探しましょう。「カナメちゃん探しのゲーム」を楽しみながら、「たたら製鉄」や「かくろ製鉄」のことを思い出してくださいね。

ゲームの説明:数が少ないので探せない人もでます。探した人でジャンケンして1個だけをダム湖の湖畔にある龍姫神社に奉納します。皆で「愛の呪文」を唱えながら記念写真を撮ります。(カナメちゃんは、後日に鬼後の河原に戻します)

※涼しい場所が見つかったら「ホットドック」を食べましょう。

※しわいマラソンが近いので、階段の掃除をしましょう。




  

  


鬼後説明
(ダム管理所)
【おにご河原】
ダムといえば環境破壊のイメージがありますが、温井ダム直下の鬼後は、ホタルが乱舞するスポットとして注目されています。ホタルが生き易い環境には、地質に含まれる「鉄」と「広葉樹」が大きく関係しています。

鬼後の周辺の山は、傾斜があるために広い表面積であり、土の中の地下水によって、広葉樹のフルボ酸と鉄が反応することでプランクトンが育ち、植物の光合成を活発にしています。鉄には水質の浄化作用もあるので、ホタルの餌のカワニナや川苔などにも影響しています。

瀬戸内の豊かな漁場の背後には、中国山地の豊かな広葉樹と鉄と河川が大きく関係していて、広島の場合、カキの鉄分と太田川と広葉樹の連鎖が解明されています。

※感想です。・・・・


龍姫湖伝説
(ダム管理所)
【江の渕】
温井ダムの龍姫湖には神話が眠っています。湖底に沈んだ江の渕(えのふち)には、可愛(えの)神社があって「スサノオ」という神様が祀られていました。日本書紀によると高天原を追われたスサノオは「安芸の国・可愛(えの)」に立ち寄り、出雲に向かったという記述があります。江戸時代の歴史書(芸藩通史)には可愛(えの)は温井ではないかと書かれています。

暴れん坊のスサノオは鉄の王という意味があります。鉄を運んでいた大箒山の坂道、途中の鍛冶屋跡、滝山峡にかかっていた可愛(えの)橋、民話などあります。湖底に沈んだ可愛(えの)神社は、温井の集落内に移築されています。温井ダム周辺は鉄を感じる「ミステリーゾーン」なのです。

※感想です。・・・・


案(ダム管理所)
【温井ダムエリア】
※温井ダム施設内での愛の呪文スポットについて考えてみよう。
(放水前の呪文、ハートヘルメット、双眼鏡、反響部で呪文、湖畔で呪文)

※龍姫神社の聖地化について考えてみよう。
(受験突破 安産 カナメちゃんを奉納すれば 恋愛成就)

※QRコードの活用、ポイントラリー、絵馬

水の文化館 リニューアル デザイン【案】

・既存のコンテンツを少しづつ温井ダム資料館へ移動?
・加計高校生による子供向けのガイド施設
 鉄と自然 (広葉樹、フルボ酸鉄、ホタル)

 鉄と歴史 (日本書紀、神楽、芸藩通史)
 たたら製鉄(砂鉄、木炭、広域ルート)
 木炭銑鉄 (帝国製鉄、カナクソリサイクル、近代化、マラヤワタ)
 太田川  (川舟、安芸十り、鋳物、針、産業)
 鉄と宇宙 (ビックバン、マントル、鉄の不思議)